※ 食の文化フォーラム「医食同源」(津金昌一郎編)ドメス出版、2010年より

 渡辺賢治先生は慶応大学の漢方医です。
 彼が漢方医という視点から日本の食を捉えた文章を見つけましたので紹介します。まことに興味深い内容です。
 とくに「農耕民族だった日本人のインスリン分泌量が、狩猟民族だった欧米人の約35〜50%くらいしかない」というコメントは衝撃的でした。ただ、炭水化物よりたんぱく質の方がインスリンを多く必要とするという文言には?です。
 

日本の食の特徴〜肉を食べないこと

 仏教が入ってきてから江戸時代の終わりまで、日本人はほとんど動物の肉を食べてこなかった。いわゆる「肉食禁止令」が発令された飛鳥時代以降、牛肉をはじめとする肉食が禁じられるようになり、牛馬は農耕や運搬にのみ使われるようになっていた。肉を穢れとして忌みつつも、戦国時代から江戸時代になると、欧米人の影響も受け、健康回復や病人の養生、すなわち「薬喰い」としての肉食もあったがあくまでも例外的であまり広がることはなかった。
 穀物が主役の時代が長く続き、まずまず日本人は健康だった。

※ 貝原益軒の「養生訓」(1713年)より
・食べ過ぎを諫めており、また、味の濃いものを避けたり油っぽいものを避けて、おかずはほんの少量にとどめていてよい。
・日本人は生まれつき胃腸が弱く肉を食べるのに適さないから、日本の薬用量は中国より少ない。


肉食文化のはじまり〜明治維新

 本格的な肉食が始まったのは明治になってからである。明治17-18(1884-85)年頃から、陸海軍での肉食の採用を中心として普及していくが、急速に肉食が広まったのは、日清戦争(1894-95)前後である。日清戦争を契機として牛肉缶詰業の勃興などもあり、肉食がより促進されるようになった。


食養生の2つめの転換点〜大戦後のアメリカ文化の影響

 第二次世界大戦後に行われた国民栄養調査のレポートによると、日本が戦争に負けたのは体格が貧弱だったからというニュアンスのことが書かれており、日本人は体格を向上しなければならない、アメリカにならって「肉食を増やして蛋白質を増量すべき」と書かれている。
 1970年代になると栄養不足は著しく改善されてきたが、今度は栄養過多が問題になってきた。近年栄養過多による疾病、とくに生活習慣病が社会問題化し、その対策が重要課題になってきている。

日本人の糖尿病

 日本人の糖尿病はそもそも肥満が原因ではなく、もともと農耕民族だった日本人のインスリン分泌量が、狩猟民族だった欧米人の約35〜50%くらいしかないからである。つまり血糖値を下げるためのインスリンの量が少ないため、現代のように飽食になって血糖値が上がると糖尿病になりやすいのである。
 肉や乳製品(蛋白質や脂肪)を大量に食べる食生活では多量のインスリンが必要だが、古代の日本人のような食生活では少量のインスリンしか必要としない。ご飯などの穀類を中心とした伝統的な食生活であれば少ないインスリン分泌量でも正常な血糖値を保っていけるが、欧米型の食事に肥満や運動不足などが重なれば、簡単に糖尿病になってしまう可能性が高い。

メタボリックシンドロームの診断基準を日米で比較すると

 このように、欧米人はインスリン分泌が良好なため太っていても「糖尿病一歩手前の予備軍」でとどまるが、日本人を初めとするアジア人などは「小太り」でも糖尿病になり、標準体重でも「糖尿病予備群」になってしまう。
 例えば「メタボリックシンドローム」の診断基準を腹囲で比べてみると、
(米国)男性102cm以上、女性88cm以上
(日本)男性85cm以上、女性90cm以上
 となっており、男性はアメリカに比べてかなり細くてもメタボの危険性が高いということになる。
 反対に女性はアメリカより太くなっている。メタボで問題なのは皮下脂肪ではなく内臓脂肪であり、日本女性では太っていても皮下脂肪タイプが多いことによる(批判もあるが)。

コメ食の優位性

 穀類は日本人の体に合った食物である。
 コメやイモ類などはレジスタントスターチという難消化デンプンであり、口の中で件名に噛むとアミラーゼが出てきてオリゴ糖になり、小腸でさらに分解されやっと吸収される。よく噛めばコムギのパンと比べてコメは消化吸収のスピードが遅いという特徴がある。したがって、コメやイモ類は栄養の吸収が穏やかで、血糖が急速に上がらないため、インスリンの分泌も少なくて済む。
 つまり、血糖値のコントロールということに関しては、米を主食とする食事の方が予防に役立つ可能性がある。
 さらにこのレジスタントスターチは食物線維の一種であり、小腸を通過して大腸まで到達するために便通が改善し、便の量も増えるため、大腸癌予防としても期待される。

現代日本人の栄養摂取

脂質の話

・アメリカ人と日本人を比べると、アメリカ人の方が脂質の接種量は多いが、日本人の方がコレステロール値は高い。脂質の適正な摂取量はどのくらいなのか、実はよくわかっていない。
・食品中に含まれる主な脂質の成分に脂肪酸がある。その構造により飽和脂肪酸、不飽和脂肪酸に分けられ、さらに不飽和脂肪酸は一価と多価に分けられ、多価不飽和脂肪酸はさらにリノール酸とリノレン酸に分けられる。多価不飽和脂肪酸は体内で造れないため、食べ物から取らなければならない必須脂肪酸と呼ばれている。
リノール酸 vs リノレン酸。かつてはリノール酸を豊富に含む紅花油コーンオイルなどの植物性油はコレステロールを下げるといわれてもてはやされた。バターよりマーガリンの方が健康によい、といわれた時代もあった。

(院長のつぶやき)私の学生時代(約30年前)には「リノール酸強化牛乳」という品が出回っていたことを記憶しています。下宿の大家さんが自慢げに飲んでました。

 ところが今では、よいとされていたリノール酸系の油は、実は血栓促進に働いてしまうことがわかってきた。ガンが増えたり、アレルギーが増えたというのも、リノール酸が間接的に関わっていると云われることもある。そして今では、リノール酸よりリノレン散瘀方が血栓の抑制に働くことがわかってきた。リノレン酸というのは昔ながらのエゴマ油(シソ科の野生植物、種子から絞った油)や魚油である。
・理想のリノレン酸:リノール酸比は1:4あるいは1:3。現代の食生活ではリノール酸が過剰で、1:20というバランスになっている。脂質を取る際にはリノレン酸を意識した方がよいが、リノレン酸をたくさん取ることが体によいというわけではない。オリーブオイルなどのオレイン酸は良くも悪くもない。

飽和脂肪酸不飽和脂肪酸

一価不飽和脂肪酸
多価不飽和脂肪酸
パルミチン酸オレイン酸
リノール酸
リノレン酸
肉類、乳製品、パーム油、ココナッツ油、ラード、牛脂、バター肉類、乳製品、オリーブ油、ラード、牛脂、バター穀類、豆類、ひまわり油、紅花油、コーン油、大豆油、ソフトマーガリン、マヨネーズ野菜類、魚介類、しそ油、魚油、エゴマ油

炭水化物のこと

 この半世紀で日本人の食生活は大きく変わった。炭水化物(穀類・イモ類)の現象、蛋白質の増加、脂質の増加がみられる中、最も大きな変化は主食である炭水化物の摂取が減っていることである。日本人は主食中心の食事からおかずをたくさん食べるように変化したのである。
 昭和20年代には穀類などを1日に500gも摂取していたが、現代ではおよそ1/2まで激減している。一方脂質の摂取量は約3倍に増え18gから60gになっている(ただし欧米人の脂質摂取量は1日100g)。
 今の日本人の適正なカロリー摂取量は2100kcal とされている。
 最近の糖尿病治療で「炭水化物フリーダイエット」という方法があり、肉やチーズを主食にして炭水化物を食べない、そうすると血糖値が上がらないので糖尿病にはよいといわれている。一方、昔の食事では糖尿病患者が少なかったこともあり、糖尿病の治療でも日本人には昔ながらの炭水化物中心の日本型の食事がいいという意見もある。
 どちらにしても今すぐには結論は出ない。

蛋白質について

 ベルツ博士は、明治初期の日本人はほとんど蛋白質を取らない食事をしていたと書いている。蛋白質はあまり取らなくても何とかなってしまうようだ。未だ解明されたわけではないが、糖質エネルギーの摂取量が多いと蛋白質の分解排泄が抑制されるなど、人間は低たんぱく食でも適応できる仕組みになっていくらしいと現在のところ考えられている。

現代の日本人の食事への提言

若い頃の粗食

 日本では戦後、欧米に追いつけ追い越せで食事の欧米化が進んだわけであるが、それがちょっと行き過ぎになり、日本人にとって適正な領域を超えてしまったというのが、今の医学界の認識である。
 動物実験によると、若い頃は粗食で年を取ってから豊食というのが一番長生きすることがわかっている(現在の高齢者がよい例)。

★ アトピー性皮膚炎の食生活(慶應病院アトピー生活指導外来)
 まず「キチンと3食を食べること」とともに「脂質の摂り方」である。
 リノール酸を減らしリノレン酸を増やすよう指導している。すると血中のリノール酸/リノレン酸比が改善し、アトピーの症状もかなりよくなる。リノール酸は炎症を起こしやすく、リノレン酸は炎症を抑える。脂質全体の接種量も減らしたいので、天ぷらやフライなど衣が付いた揚げ物は禁止している。
 ほかにも餅米と白砂糖、チョコレートなどを制限している。
 餅米は昔から皮膚病に悪い、膿みやすいといわれ、膿んでいる時は餅米を食べてはいけないといわれて生きた。食べ過ぎると胃腸に負担がかかることも確かである。経験的に云っても、餅米はアトピーが悪くなるので、持ちやせんべいはなるべく止めてもらう。当然ながらケーキや和菓子も制限の対象である。

理想的な食事とは何か

<世界の三大理想食>
中国:伝統的食材とその組み合わせ。温と寒。
日本:雑穀類、海藻類、大豆、野菜などの植物性たんぱく質に富み、食物線維が多い。動物性脂肪が少なく、漁火いるのEPA、DHAが豊富。
地中海:魚介類、緑黄色野菜が豊富。

現代食養生の提言
・主食の穀物を主にし、野菜中心の食事にする。
・脂質の摂取は控えめにし、脂肪酸の内容も考える。
・旬のものを食べ、冷たいものを避ける。
(解説)歴史を考えても、日本人には欧米型の脂質の多い食事はあまり合わないように思われる。やはり日本人は、コメなど穀物を主食にして野菜中心の食事にすること、蛋白質や脂質の摂取は控えめにすること、脂質の内容はよく検討し、リノール酸よりはリノレン酸を摂取すること、旬のものを食べ冷たいものは避け体を季節と順応させること。
 当たり前の食事のようでもあるが、このような食事を毎日摂ることは、忙しい日々を送る私たちにはなかなか難しい食養生でもある。